
第一章 夢と現実を見る少女 五話
「よし。入れ」
男は警戒する事に満足したのか、両手で銃をしっかり握りしめながら慎重に、病院に入っていく。
自分の家の様なもののはずなのに、まるで今から潜入ミッションでも始まるかのような雰囲気で。
理亜と郁美は、互いに眉を顰めながら一瞥すると、郁美が車椅子のグリップを握り、病院へ入っていく。
「あのう。何でモデルガンなんて持って周囲をそこまで警戒するんですか?」
理亜は世間話でもするかのように、ナチュラルに聞く。
「訳あってな。君の様なお子様が、踏み入っていい世界ではない」
男は何故か理亜の方に体を向け、わざわざ足を止めて偉そうに胸を張る。
「はあ……」
理亜は渋々納得でもしたみたいに、敢えて大人の態度をとる。
「それより今から気を引き締めた方がいい」
「何の事ですか?」
理亜は男の言っている意味が分からず、首を傾げる。
「義足を手に入れられるかどうかは、テストを受けてもらう。持ち点、十点からスタートし、二十点になれば晴れて義足が手に入る。だが0点になれば即失格だからな」
男はどや顔でそう言う。
「わ、分かりました」
若干、動揺する理亜。
受付前に行くと、患者など一人も居なかった。
無駄に綺麗な院内なのに。
「うわー。誰も居ない」
少し驚きながらそう口にする理亜。
「マイナス五」
「なんでー!」
男が冷めた口ぶりでそう言うと、理亜は素っ頓狂なリアクションで驚く。
「理由は明白だ。私の心に傷を負わせたからだ。ちなみにこの病院は、私のウェブサイトの広告料で生計を立てている」
「「はあ⁉」」
またもやどや顔でとんでもない事を口にする男に、理亜と郁美は見事シンクロさせるように一驚する。
医師免許あるのかこいつ、見たいな訝しい目を男に向ける理亜と郁美。
「ちょっと貴方! いい加減にしてよね。さっきから医師の風上にも置けない言動ばかりして。あまりそぐわない態度ばかり取ってると、本当に警察呼ぶわよ」
にじりよるようにして、郁美が男の前に眉間に皺を寄せ立ちはだかる。
「ならば第三者に同席してもらおう。そこで私が善良な一市民だという事を証明しよう。それに今回のテストは政府公認だ。今、警察を呼んで、私の潔白を証明しようじゃないか。えーと、警察の電話番号は……」
男はにやにやした面持ちでいやらしったらしくそう言いながら、白衣のポケットからスマートフォンを取り出し、指先を動かす。
「ふん!」
バキーン!
なんと、郁美は男のスマートフォンをあっさり奪うと、鼻息を豪快に吹きながら、男のスマートフォンを床に叩きつけ、壊した。
「あーー! 買ったばかりなのに!」
無残な残骸になったスマートフォンを見て、驚愕する男。
「ごめんなさい。私、躁(そう)状(じょう)態(たい)の傾向もあってたまにヒステリックになるんですよ。オホホホホ」
郁美は近所のおばさんに、娘の自慢話でもするかのような態度で、大富豪の婦人みたいな口調でお茶を濁す。
もちろん、躁状態などと言うのは嘘である。

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