
第二章 暗殺者の悩み 二話
秘書の男は何もしてやれない自分自身が情けなくなり、悲しい瞳で、反対側の歩道に居る子供を見つめる。
「ふん。つくづく救えない男だな」
そこで、茶色いフードを被った通行人の一人が秘書の男と弭(はず)間(ま)の間を、音や気配もなく通り過ぎた。
「うっ!」
すると、弭(はず)間(ま)の様子が急変し、自身の心臓に胸を当て、苦しみながらその場で倒れる。
「弭(はず)間(ま)社長。やはり――弭(はず)間(ま)社長!」
秘書の男が振り返ると、弭(はず)間(ま)は既に亡くなって、俯せで倒れていた。
秘書の男は驚愕し、弭(はず)間(ま)の名前を何度も連呼する。
心臓の辺りから血を流し、絶命した弭(はず)間(ま)を横切っていた何者かは、スマートフォンである人物に連絡をしていた。
「ターゲットは殺した」
「よくやった。スフィア」
弭(はず)間(ま)を殺した男は現状報告をすると、電話していた野太い声の男が、労いの言葉をかける。
「いいか約束を忘れるなよ。あと一か月、この仕事を続けていたら、十億を寄こすことを」
弭(はず)間(ま)を殺した男は、周囲に聞こえないように小声で圧力をかける。
「ああ。分かっているとも。約束の金は必ず用意する。次の指示があるまで、せいぜい平穏に暮らすんだな」
相手の男は嫌味ったらしくそう言うと、電話を切る。
迷子の男の子は、通行人が助けてくれた。
弭(はず)間(ま)を殺した男は、下校中や帰社していた人たちを横切りながら、悲哀に満ちた目でスマートフォンをポケットにしまう。
時は戻り、十八時四十分頃。
豪真が軽ワゴンの車で、理亜と郁美を送った時だった。
「そうだ理亜。一週間後になったらここに来い」
「え?」
豪真が、理亜を車椅子に乗せ終えると、懐から紙切れを取り出し、笑顔で渡す。
理亜は、何の事か分からず、首を傾げる。
「一週間後、自分の足でそこまでこれば、面白い物を見せてやる」
「面白い物? ……うん。分かった」
豪真の申し出に、少し間を置き考えた結果、行く事にした理亜。
「本当に色々ありがとうございます。スマートフォンを後に弁償させていただきます」
「気にしないでくれ。これでも稼いでる方だ。弁償代はいらないよ」
郁美が礼儀正しく言うが、豪真は爽やかに言葉を返す。
理亜と郁美は、広告料で生活するとは、ただ物ではない。と思い始めた。
「豪真さん。本当に今日はありがとう」
「ああ。安静にな。では一週間後」
笑顔で言葉を交わす理亜と豪真。
豪真は軽やかな身のこなしで乗車し、車を走らせた。
「さあ。家に入ろうか」
「うん」
郁美が理亜の車椅子を押し、アパートの玄関の前で止まる。
郁美がインターホンを鳴らすと、すぐに明人が出迎えてくれた。
「おかえり。――姉ちゃん! 足!」
「えへへ」
明人が目線を理亜の右足に向けたとたん、ひっくり返るぐらい驚く明人。
無邪気に笑って、成功した事をブイサインで報告する理亜。
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