
第二十一章 痛みを超えて 五話
尋常ではない汗をかき、息を切らしている理亜たち。
「頼む。頼む」
ベンチで切実にそう願う豪真と奏根。
自分たちのコート内で、瑠偉が佐久弥にパスを出すと、佐久弥はある事に気付き始める。
「良い事思いついた」
悪魔的な笑みで、そう呟く佐久弥。
「……瑠偉、あいつらとしばらくじゃれ合ってこい。私に近づけさせるな」
「え? ……分かった」
佐久弥は嗜虐的な声音でそう言うと、瑠偉は一瞬、どういう意味か分からなかったが、キャプテンである佐久弥の言う事を忠実に守る事にすると、理亜たちに向かい、殴りかかろうとする。
理亜たちは自分たちのコート内で逃げるものだから、逃げるスペースは十分ではない。
逃げようとする時に、味方に接触し、ぶつかってしまいそうになったり、味方が追われている敵が、いつ自分を標的に切り替えてくるのかも不明瞭なのだ。
そこで、佐久弥は気付いてしまった。
このまま、理亜たちの体力を奪う、悪魔の所業を。
「……ん? まさか⁉」
「フフフッ、良いぞ。それで良い」
豪真がしばらく沈思黙考していると、考えたくもない考えに至りつく。
智彦は佐久弥の狙いを察し、不敵に微笑む。
「さあて、このまま仕上げと行くか」
佐久弥がセンターライン付近で立ったままドリブルしていると、まだかまだかと待ちわびているような形相になる。
理亜たちは攻めてこない佐久弥を一瞥するが、何故オフェンスに徹してこないのか、その狙いが気付けなかった。
「駄目だ! このままでは理亜たちは体力を消耗させるだけだ! 審判! タイムアウトだ!」
豪真が必死な相好でそう言うが、審判の中年の男は見向きもしなかった。
そこで、豪真は悔しい思いで、テーブルオフィシャルズに向かい、タイムアウトを取ってくれと要請する。
……しかし。
なんと、テーブルに座っている審判たちは、豪真の言葉を無視した。
「おい! 聞こえてるはずだろ! タイムアウトだ!」
豪真は怒りながら怒鳴るが、審判たちは、完全に豪真の言葉に耳を傾けなかった。
「くそ!」
豪真は苛立ちながら悔しさをコートの下に叩きつける。
奏根も腹立たしい思いで、審判の男たちを睨みつける事ぐらいしか出来なかった。
「監督、これって」
「ああ。奴らは理亜たちが体力切れを起こすのを待っているんだ。バイオレーションなど取るわけもない。向こうの思うつぼだ」
奏根が少しおどおどしながら豪真にそう聞くと、豪真は腹立たしい思いで、口にする。
「はあーはあーはあー!」
そこで、高貴が限界を迎え始めていた。
あれから四分間は、ひたすら自分たちのコート内を必死に走り回り続けていたからだ。
審判の中年の男は、バイオレーションを取る事などもちろんしない。
ただ、涼しい表情をしていたぐらいだ。
そこで、高貴が足をもつれ、前に転倒してしまう。
「今だ! やれ!」
佐久弥の指示で、高貴に群がる瑠偉たち。
「ぐっ! うぐっ!」
「高貴ちゃん!」
俯せで倒れている高貴に、強く何度も足蹴りを入れる瑠偉たち。
高貴は痛みでたまらず呻き声を上げ、理亜たちは急いで高貴の元に駆け寄り、瑠偉たちを止めに入る。
後ろから瑠偉たちの脇に腕を通し、必死に止める理亜たち。
「ピー! 白五番、七番、八番、テクニカルファール!」
瑠偉たちを止めに入った理亜たちは、審判の中年の男に怒気を込めそう言われる。
ようやく高貴を蹴るのを止めた瑠偉たちは笑いながら、理亜たちから少し離れる。


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