
第二十一章 痛みを超えて 六話
観客たちは、違和感を感じ取る事なく、相変わらず熱気に包まれていた。
「高貴ちゃん! しっかりして!」
「はあーはあー、はい、すいません、はあーはあー」
息が荒く、痛みに耐える高貴。
理亜たちも呼吸が荒く、限界の状態だった。
すぐ近くに、瑠偉たちがスタンバってて、その表情は、悪魔的なものだった。
「皆、こうなったら、攻撃されることは無視して、もう点を取りに行こう!」
審判の中年の男が試合再開のホイッスルを吹くと、突然、智古が決意を込めてそう言う。
理亜たちもこのままでは体力を消耗させられ、動けなくなった所を殴る蹴るなどの暴行を加えられ、本当に動けなくなった時に、佐久弥たちは点を取りに来るだろう。
それを理亜たちはようやく察する事が出来、智古が、断腸の思いで決意したのだ。
理亜たちも、智古の言葉の真意を理解し、力強く頷く。
理亜は、突っ立ったままドリブルしている佐久弥に突っ込んでいく。
加奈たちも逃げ回るのではなく、瑠偉たちにディフェンスを仕掛ける。
「しつけえんだよ!」
瑠偉たちが、ディフェンスをしているすぐ横にいる加奈たちに、暴力を振るうが、加奈たちは、痛みに堪えながら、身体を張って、瑠偉たちの動きを封じる。
佐久弥は、自分に向かってきた理亜に一驚すると、ドリブルしながら右ストレートの拳を理亜の左頬に振るおうとした。
それを巧みなフットワークで右に躱し、佐久弥が手にしているボールを、片手で強く叩き落した理亜は、すぐに落ちているボールを手にし、敵陣のコートに向かいドリブルで向かっていく。
加奈たちもオフェンスに切り替え、理亜の後を追う。
このままではまずい、と思った佐久弥たちは、急いで、理亜の前にまで走り出す。
呼吸は乱れ、もはや一心不乱状態になっている理亜たち。
佐久弥たちは理亜たちの前に立ちはだかると、ここに来て、真面なディフェンスをし始めた。
スタミナが十分だったら、理亜は走りでは負けなかったのだが、今は致し方ない状況。
理亜はスリーポイントラインからディフェンスをしている、佐久弥と亮の前で、フロントチェンジをし、右側からインサイドアウトで内側へ行こうと思い込ませる。
ボールの後を目で追っていた、亮は思わず、手が伸びてしまう。
そこから理亜は、ロールターンで、右側にいた亮から抜いた。
佐久弥が後を追ってきて、理亜はすぐに、左シュートコーナーに居る智古にパスを出す。
パスは智古が手にすると、妙子が智古の前で両手を大きく広げ、ディフェンスを取る。
そこで、智古はボールを片手で持って、跳躍した。
それに釣られ、妙子もジャンプする。
智古の構えはフックシュートだった。
そこで、妙子は、ボールを奪えない事を察し、智古がボールを投げる直前に、腹部に拳を叩きこむ。
「うぐっ!」
ボールを手放した瞬間にめり込まれた拳に、呻き声を上げる智古。
智古が投げた先は、シュートではなく、フリースローラインにいる加奈にだった。
加奈はパスを受け取ると、間近に迫ってきていた、瑠偉の顔面目掛け、片手でボールを思いっきり投げる。
ギョッとした表情で対応できなかった瑠偉の横を通り過ぎたボールは、何故かエンドラインの斜め右側にだった。
その方向には誰も居なく、そのままボールが通過すれば、佐久弥たちのボールから始まる。
しかし、少なからずも、スポーツマンシップがあった周遊は、右斜めサイドのエンドラインに走り出す。
そこに到着すると、前に迫ってきているボールを受けようと、身構える。
しかし、そのボールはワンバウンドすると、弾んだ次の瞬間、ギュルルといった回転音を立て、左斜めに向かっていく。
その先、リングの下に向かっていったボールの前にいたのは高貴だった。
高貴はそれを受け取ると、ダンクしようと跳躍する。
しかし、佐久弥がそうはさせまいと、ブロックしようとゴール下からジャンプする。
そこで、高貴はダブルクラッチに切り替え、左からダンクすると思わせ、フックシュートの要領で、右に回り込み放り投げる。
そのシュートは見事決まり、これで点数は五十対五十二。
逆転したのだ。
「智古ちゃん!」
「私は大丈夫」
理亜がすぐさま智古の元に急いで駆け寄るが、智古は痛みに堪えながらも、言葉をかける。
すぐに瑠偉がボールを持って、理亜たちのコートにドリブルして向かってくる。
もう、佐久弥たちは理亜たちの体力を奪うと言う狙いは無くなったらしい。
何故なら、理亜たちは決意を固め、攻撃されても怯まない、不屈の闘志を心に宿しているのだと、分かったからだ。


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