
第二十二章 辿り着いた頂き 七話
佐久弥たちの攻撃を、糸も容易く、通り抜ける様に歩いて躱すと、瑠偉が何か危機感を持ったのか、怯えたかのように、なんと、ボールを抱きかかえる様にして、しゃがみだした。
「このままボールを持っていれば、私たちは勝てるんだ! もうあんな惨めな生活に戻れなくて済むんだ!」
まるで、最後を迎え入れるのを拒む様に、必死な形相で、ボールを死守する瑠偉。
「それを渡して」
残り三秒になった頃、理亜が瑠偉から、ボールを奪う。
奪うと言うよりも、力任せの物でもなく、まるで、駄々をこねる赤ん坊から、優しく物を取り上げる様な取り方。
力を入れてボールをホールドしていたはずの瑠偉だったが、突如、違和感を感じ始めていた。
(あれ? 私は何を……? 私はどこに居るの?)
漠然な意識の状態の瑠偉。ボールはいつの間にか理亜が敵陣のリングに向け、スリーポイントシュートを打っていた。
ビーーーー!
そこで、試合終了のブザーが鳴ると同時に、理亜が打ったシュートは、ネットをくぐった。
……決まった。
――決まったのだ!
誰しもがそう思った!
……しかし……。
「ピーー! ピピッ! 制限時間を過ぎていたため、先程のシュートは、ノーカウントです!」
なんと、審判の中年の男は、首を横に振り、理亜のシュートを認めなかった。
豪真たちは、耳を疑うような、衝撃的な表情をしていた。
「どこまで腐ってんだい。あの審判は」
由紀子は不快感を露わにしたような表情で、独り言の様に呟く。
「……そんな」
豪真は絶望した様な表情で、肩をガックシと落としていた。
「いやったー!」
佐久弥たちは、歓喜に満ち溢れているかのように、勝利の雄たけびを上げる。
そこで理亜は、まるで抜け殻の様な面持ちで、力尽きたかの様に、コートの下に倒れ込む。
そして、黒い模様も、徐々に消えていく。
「理亜ちゃん!」
智古たちが、慌てて理亜の元に駆け寄る。
「理亜さん! しっかりしてください!」
理亜の元に駆け寄ると、理亜は顔を真っ青にして、僅かな呼吸だけが聞こえてくる。
豪真と奏根も、慌ただしい面持ちで、理亜の元に走って駆け寄る。
「理亜! 理亜! しっかりしろ!」
「おい! ふしだら女!」
豪真と奏根も狼狽しながらも、必死になって声をかける。
そこで、タンカーを手に持った、スタッフが駆け寄ってきた。
「離れてください!」
スタッフが語気を強めながらそう言うと、理亜をタンカーの上に慎重に乗せ、急いで医療室に運んでいく。
その後を、心配しながらついていく豪真たち。
観客たちは、熱狂でもしているかと思いきや「なあ、今のシュート、間に合ったよな?」「ああ、俺もそう思う」「今のがノーゴール⁉ 噓でしょ!」「ありえないわ」と審判の中年の男の判断に不信感を持っていたのが大多数だった。
「フフフッ、アハハハッ!」
智彦は、気が狂ったかの様に、哄笑していた。
「ざまあみろ」
佐久弥は、タンカーで運ばれる理亜を卑下するかの様な目で見て、不敵な笑みになっていた。
こうして、一回戦の幕は、閉じた。
理亜たちの、敗北で……。


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