
第二十三章 思わぬ展開 六話
時は遡り、クリプバが開催される二日前。
「来たねスフィア」
「ああ。約束の一カ月は過ぎている。契約に従い今日限りで、俺はこの業界を去る。約束の金も忘れるな」
網羅聖の会社。その幹部クラスの広い部屋の中で、銅羅が椅子にリラックスして腰かけながら喋る相手は、明人だった。
明人は鋭い眼差しで銅羅にそう言うと、用件だけ伝え終えたかのように、その場を去ろうと背を向ける。
「待ってくれ。実は君に別口で頼みたい仕事がある」
銅羅は慌てず淡々とそう言うと、明人の足はピタリと止まる。
「約束を忘れたか? 今日限りだと言っている」
明人の声音には敵意が込められていた。
「まあ落ち着きたまえ。君の姉についてだ」
「――なに! 姉さん⁉」
銅羅が何の前触れもなくそう言うと、明人は驚愕し、銅羅に振り向く。
「お前。まさか姉さんを人質に取って、俺に仕事を続けろと言う事か?」
明人は、怨敵を見る様な目で銅羅を睨みつける。
「そうではないよ。君のお姉さんがクリーチャープレイバスケットボールに参加するんだ」
「姉さんが⁉」
「ああ。君もクリプバに付いては少しは知っているだろ?」
「ああ。確かペナルトギアと言う義手や義足を付けて、超人的な身体能力を身に付けプレーする、と……まさか姉さんは義足がペナルトギアなのか⁉」
明人は冷静を保ちながら喋るが、話していると、とんでもない事に気付き、一驚する。
「そうだ。君のお姉さんはペナルトギアを義足として使用している。そして、神崎さんの推薦により、シャルトエキゾチックのチームメンバーとして、クリプバに参加する」
銅羅は表情を一つも変えず、涼しく口にする。
「話は分かった。だが、それでなぜ俺が別口で仕事をしなければならないんだ?」
明人は訝しい瞳を銅羅に向ける。
「実は、ペナルトギアを装備されている者は、命を狙われやすい。恐らく、ペナルトギが関係していると、私は睨んでいる」
「何だって」
銅羅が手を組み肘をテーブルの上に乗せながら、淡々と語ると、明人は一驚する。
「……姉さんが、狙われてる」
少し俯瞰し、状況を整理しようとする明人。
「別口の仕事と言うのは、今回、ターゲットとされるかもしれないシャルトエキゾチックのチームたちの護衛兼、今まで通りの仕事だ。もちろん報酬は上乗せする。君はお姉さんを守り、報酬も貰え、私の仕事にも従事する。winwinの関係を築けると思うのだが、どうかな?」
声音になんの欲望も感じさせない程、相手を気遣うような感じで、銅羅は明人にそう提案する。
「……分かった。期限はクリプバが終わった時までで良いのか?」
「ああ。それで構わないよ。それまでまたよろしく頼む」
明人は少し悩んだ末、納得し、提案を承諾すると、銅羅は少し頬に笑みを浮かばせながら軽く頷く。
「しかし、何故お前が姉さんたちの身を案じてるんだ? 噂ではお前が大会運営員会兼、別のチームの監督もしていると聞くが?」
「そこに気付いてしまったなら、本音を言うしかないね。まあ、至って単純さ。君と言う人材が、我々には必要だからだ。だから、君のお姉さんを助けると言うのは、ただの口実でもあり、君と言う存在に、我々の仕事を従事しえ欲しいのだ」
明人は、銅羅が嘘を言っている様に思えず、真摯な言葉と受け取った。
「そこまで本音で言えるなら、こちらも妙な勘繰りをしなくて済む。じゃあな」
特に怒るでもなく、明人は淡々とそう言うと、そのまま黒いコートをなびかせながら去っていった。
しかし、銅羅は一体本当に、何を考えているのか?
こうして、明人は銅羅の指示にしばらく従う契約を結んだのだ。


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