
第二十三章 思わぬ展開 十話
そこで、理亜は佐久弥の前に歩き出す。
泣いている佐久弥を気にかける様に……。
理亜の心には怒りなどではなく、ただ、一人の人間として、佐久弥の安否を気にかける深慮する様な。
「ねえ、これからはもっと周りを見て、その人の気持ちを考えてあげる様な人になって。今回の試合で、確かに憤りはあったし、あんな経験はもうしたくないし、誰にもしてほしくない。だから、貴方はあの試合の生き証人となって、未来の自分に問いかけ続けて。痛みの大切さを、そして、笑顔とは何か……その意味を見出して」
言の葉に聖母の様な、甘い蜜の言葉。
理亜の思いやりの気持ちに、今まで培ってきた虚栄の様な偽りの自分のガラス細工が崩れ落ちていくかの様な衝撃を受けた佐久弥は土下座したまま大泣きしてしまう。
奏根も先程まで怒りが、どこかに吹き飛んだかのように、小心してしまうような面持ちになる。
豪真や智古たちも、辛酸な面持ちで理亜と佐久弥を視界に入れていた。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
佐久弥は号泣しながら、ひたすらに謝る。
理亜と豪真が佐久弥の前にしゃがみ、何度も優しく肩や背中を叩く。
こうして、クリプバの一回戦は、幕を閉じた……。
そうこうしている内に、豪真たちは焼き肉店、タイジンに車で向かっていた。
「やったー! 食べ放題だ!」
「それにしても監督。良いの? 私たちの家族までご馳走になって?」
理亜は大はしゃぎしていると、智古が申し訳なさそうに聞く。
「ああ。あそこは食べ放題だからな。一回払ってしまえば問題は無い」
運転をしながら揚々と語る豪真。
「よっ! 神崎豪真の懐は日本一!」
そこで理亜は、豪真を持ち上げる言葉を口にする。
「お前は野菜しか食うなよ」
「なんで⁉」
何か気にでも障ったかのように、凄みを利かせる豪真。
理亜は素っ頓狂な反応になる。
それを見ていた奏根たちは大爆笑していた。
「そう言えば、理亜のあのシュートに名前を付けなくてはな」
「え? 何のシュートです?」
何の前触れもなく、そう話を切り出す豪真に、高貴は、首を傾げる。
「あれだよ。ハーフラインかスリーポイントラインでジャンプして、ゴールの上から垂直にリングに叩き投げるシュートの事だ」
「ああ。あのシュートですか」
豪真が淡々とそう説明すると、納得した加奈。
理亜たちも「あー。あれか」と声を揃えて言う。
「あんなシュート、ふしだらパックネタネタシュートで良いんじゃね?」
「うわ。奏根ちゃん、ネーミングセンス、絶望的に皆無だね」
「何だとコラ!」
奏根がぶっきらぼうに名前を付けると、理亜が糸目で呆れたように言うと、奏根はぶちキレれていた。
「まあまあ、落ち着いて下さい。それより監督は何か案があるんですか?」
落ち着いた物腰で高貴が、そう宥めると、素朴な疑問として聞いてみる。
「んー。そうだな……ジャスティス・オブ・エンド。何てどうだ?」
「「ジャスティス・オブ・エンド?」」
少し誇らしげにそう言う豪真のネーミングに、キョトンとした面持ちで復唱する理亜たち。
「ああ。つまり『正義の終わり』見たいな通称だ。どうだ?」
ドヤ顔でそう聞いてくる豪真の言葉に、理亜たちは、少し思考を回す。
「良いんじゃない。シンプルにカッコいいし」
「でも、正義の終わり、と言うよりも、終わりの正義の方が、しっくりする感はあると思いますが」
智古は呑気な表情でそう言うと、加奈が少し申し訳なさそうに意見する。
「確かに、そっちの方が良いかもな」
「でしたら決まりですね。ね、監督♪」
奏根も上を見ながらポワーとした感じでそう言うと、高貴が両手をポンと叩いて笑みを浮かばせる。
「分かった。どうだ理亜?」
「うん! それで良い♪」
高貴の言葉に強く頷いた豪真は、理亜に伺うと、理亜は満面の笑みでそう答える。
「じゃあ、あのシュートは『エンド・オブ・ジャスティス』て事で♪」
上機嫌の智古がそう言うと、理亜たちは「おー!」と答え、タイジンに着くまで、談笑していた。
タイジンに着き、しばらくしてから、各々の家庭の家族が集まってくる。
そこには、ちゃんと明人も居た。
そして、タイジンで祝賀会も兼ねて、肉と言う肉を食べつくした。
あまりの肉の減り方に、スタッフたちは困惑するばかりだった。
主に、理亜が食欲旺盛。
賑やかな祝賀会となった。
しかし、理亜たちはまだ知らなかった。
クリーチャープレイバスケットボールの底なしの闇を……。


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