
第三章 懐かしい感覚を置き去りにして 二話
中に入り、受付の人にお金を払おうとしたが、既に貰っていると言われ、そのままコートに足を運んだ理亜と豪真。
「あれ? もう十時半なのに誰も居ないね」
「ああ。今回は私の貸し切りだ」
「えっ! 貸し切り⁉」
理亜は時間的に何人か居るぐらいは予想していたが人っ子一人もいず、周囲は静寂だった。
豪真の何気なさそうな一言に、一驚する理亜。
「とにかく、まずは普通にバスケットをしてみろ。その足ならもうだ丈夫だ」
暖かい言葉をかける豪真に、力強く頷く理亜。
そして、豪真はスポーツバックから、ユニフォームと、バスケットシューズを取り出し理亜に渡す。
背番号七の赤いユニフォームに黒いバスケットシューズ。
「うわあ。ありがとう豪真さん」
「よし。三万円だ」
「えっ⁉」
てっきりプレゼントかと思い、笑顔で受け取った理亜だが、これまた笑顔で自然に金銭を要求する豪真の手。
理亜は間の抜けた顔で驚く。
「ハハハッ、冗談だ。さあ着替えてこい」
「……うん」
哄笑する豪真に引きつった様子で頷く理亜。
でも理亜は急いで更衣室に行き、素早く着替える。
着替えながら高鳴る心臓の鼓動が自分で制御できないくらい、楽しみで仕方がないといった様子。
着替えを終え、すぐにコートに戻ってきた理亜に、豪真が「ほらっ」と言ってバスケットボールをパスで渡す。
受け取った瞬間、半年以上の久しぶりの手触りに思わず泣きそうになる理亜。
しかし、理亜は涙をグッと堪え、ドリブルで一目散にバスケットゴールに向かう。
体がまだドリブルを覚えてた見たいに、華麗なドリブルだった。
「……Hはあるな」
そこで、ドリブルする理亜の胸を険しい目で見てカップを見抜いた豪真。
インターハイ優勝校のエースなだけあって、破壊力と繊細さが混合したかのようなドリブル。
そのままバスケットリングにレイアップシュートで決めた。
「くうぅー、久しぶりの手ごたえ――最高!」
理亜は感極まり、思わず両目を力強く瞑りながら両手を少し上げ、両手の拳を強く握る。
「さすがだな。ドリブルやシュートのフォームもインターハイ優勝校のエースなだけある」
豪真が拍手をしながら理亜に近付く。
「私の事知ってたの?」
「ああ。君が義足を付けたその夜にネットで偶然見たんだ。君の輝かしい功績をな」
理亜はボールをパスで豪真に手渡すと、淡々と答えた豪真。
そこで、豪真がボールに眉を顰めた目を向ける。
何か思い悩んでいるような、そんな目だった。
「なあ理亜。君に一つ聞きたい事がある」
「なに?」
少し尊い目を理亜に向けながらそう言う豪真に、キョトンとした目を豪真に向ける理亜。
「このまま普通のバスケットを続けて、君は満足できるか?」
「え。どう言う意味?」
「深く考えなくていい。直感で答えてくれれば」
豪真の質問に首を傾げる理亜。
真剣な表情になる豪真はどこか緊張している様子だった。
「うーん。そうだなあ。このままプロを目指してバスケを続けて、その収入で母さんや明人を楽させてあげたいけど、どこか物足りない気はするかな。私って意外と、貪欲なのかも」
理亜の悩みに悩んだ末の答えに豪真は少し笑みを浮かべる。
「なら取って置きの話がある」
「え? 何々?」
豪真の言葉に興味津々で豪真に近付く理亜。
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