クリーチャープレイバスケットボール 第三十五章 毒牙 九話

第三十五章 毒牙 九話

 その日の夕方、明人は食材の買い出しをしていた。

 夕方の時間なので、夕飯の食材を買おうと思っている主婦たちがそこそこ、スーパーに居た。

 明人は食材を買い終わると、帰路に着く。

 「毎回、豪真さんたちに食べさして貰うのも、悪いしな。いつか、何かご馳走を振舞ってあげたいな」

 明人は純粋な思いで、食卓を囲む豪真たちを想像し、笑みを浮かべる。

 明人自身、スフィアとしての活動は、止む無しだった。

 家計のため、家族のため、趨勢の未来のため。

 明人がスフィアとしてあり続けるのは、褒められた事ではないが、だからと言って、自分の家族を救済して欲しい、と誰に頼めると言うのか。

 頼めるわけがない。

 そんな身勝手な事を頼むくらいなら、自分の足を踏みだす、身勝手な行動の方がましだ、と言う考えにたどり着いたのが、今の結果。

 仮にこの事で明人を責められる人が居るならば、明人が手に掛けた、加害者であり、被害者の人間と遺族のみ。

 だからと言って、明人のやってきた事は、明人自身、肯定はしていない。

 むしろ、罪悪感に塗れながら、仕事をこなしていく。

 だが、明人には迷いがある。

 本当にこれで良いのか、と。

 そんな悲しい気持ちに徐々に浸りながら、夕暮れが傾く、世界を歩き出す。

 「よう、スフィア」

 「お、お前は⁉ ……ツエルブ」

 そこで、人が行き交じる歩道の電柱柱で、人相が悪く、不衛生を思わせる様なぼろぼろの服の男が居た。

 髪も手入れがされず、切れ毛の様な伸びきった髪。

 目は常に欲望に駆られているかの様に、性欲が剥き出しになったかの様な、品の無い目。

 常にゲラゲラ笑っていそうな。第一印象だけで人を不快にさせる様な身なりをしたツエルブが、明人を()()するかの様に足止めの言葉をかけると、明人は一瞬にして警戒態勢に入る。

 明人の目の前に居る男こそ、クリプバ関係者をめった刺しにする主犯にして、祥子がそう差し向けている刺客、ツエルブだった。

 しかし、明人は知らない、まさか目の前に居る男が、実の姉をめった刺しにしていた事など。

 そもそも明人は、ツエルブは自分と同じ、銅羅の指示で動いている暗殺者とだけ聞かされていて、面識はあったが、下衆な発言の数々で、不快にしか思わない特定の人物だった。

 「なあだ~? 人間のマネみたいに人並みに買い物か? ただのクズのくせに随分人になろうと必死だな」

 ツエルブは、嫌な笑みで笑い出す。

 「お前に関係ない。俺以上のクズにはな」

 敵意をむき出しにするかの様に、ツエルブを睨みつける明人。

 しかし、ツエルブはまるで悦に入っているかの様に、既に快楽的な物を感じていた。

 「ふえひひひっ、俺以上のクズだ~? 良く虫の良い事が言えるな。仮にこの場にいる人間が死のうが、顔色一つ変えないのがお前だ。本当は内心、眼福なんだろ? いい加減、本能に従えよ」

 「黙れ」

 冷笑でもするかの様に、明人を()()するツエルブ。

 神経を逆撫でする様な発言の数々に、怒髪天を衝きそうなのを必死に耐える明人。

 それでも、何が面白いのか、まるで分らない笑い方をするツエルブは、懐からナイフを取り出した。

 「そこまで頑なに拒む顔が、実際、変わる所が見たくなってきたぜ。なんなら試してみるか? 今ここにいる人間たちを皆殺しにして」

 「や、止めろ!」

 本気で殺ろうとしているツエルブの目は、常軌を逸していた。

 まるで、ギャップ萌えでも見たいかの様な価値観だった。

 それを必死な形相で呼び止める明人に、少しは満足したのか、ちらつかせていたナイフを懐にしまう。

 「フヒハハハハッ! いいねいいぜ! やっぱりお前は(なぶ)り替えがある! だからこそ、今、この場で、人間を殺す価値がある……」

 「お、おい、よ、よせ」

 快楽殺人鬼とでも言いたげな感じで、笑い出すと、最後で落ち着きを取り戻し、果てしない殺意を静香に、ゆったりと、目に宿すツエルブ。

 それを見た明人は、ただならぬ物を感じ、まるで懇願でもするかの様に、目を大きく開き、ゆっくりとツエルブに向かって行く。

 しかし次の瞬間、ツエルブを横切った一人の四十代の中年の男性が、澄ませたような白い目でツエルブの横で俯せになって倒れた。

 そして、その男性は喉元から血がドクドクと溢れ返す様にして出血死してしまう。

 死んでも、まだ誰も気づかない。

 その光景を、ただ見ている事しか出来なかった明人は、絶望している様な様子をしていた。

 明人の目には、瞬時に、頸動脈を斬るツエルブをはっきりと視認していたからだ。

 「じゃあなスフィア。お前が更なる闇に飲まれる日を楽しみにしているぜえ~」

 ねっとりとした目。

 人間ではない、黒みきった瞳孔。

 その全てが、明人の脳裏に焼き付き、ただ唖然として見ている事しか出来なかった。

 仕事外で人を殺されると言う現実。

 実際に存在した悪。

 その事が明人を困惑させるが、後ろを向いて去っていくツエルブが、視界から消えない。

 そんな状態で、ようやく一人の主婦が、殺されていた男性に気付き、けたたましい悲鳴を上げる。

 明人はその声で我に返り、すぐに遺体に駆け寄り、救急車と警察を呼ぶ。

 「あいつはいつになったら人から化けるんだろうなあ~。いい加減、俺と同じ人種って事を理解してもらいたいもんだぜ。同類と殺し合うなんて今までなかった。だからなあ、スフィア。俺はお前を買ってるんだぜ。本能に聞いてみろ。すぐに気づくはずだ。人間なんてクズの集まり。どれだけ死のうが自分の代用すら消える事は無い。物にも値しない。ただの弊害だ。そして、そんなクズどもを殺せる快感を、共に分かち合い、殺し合う。待ってるぜスフィア。いや、千川明人……」

 ツエルブは正気の沙汰ではない。誰でも殺せる。仮にそれが雇い主でも平気に牙をむくだろう。

 今、命令に従っているのも、自分にとって価値があるから、祥子の下に就いている。

 全ての下衆の行動を買って、引き受けてくれるからだ。 

 最低限の知性があるかどうかも分からない。

 警察に捕まっても構わない、そんな挙動が伺える。  

 ツエルブは独り言と言うよりも、隣にまるで自分の理解者がいるかの様に、悦に入りながら、()(れつ)が回っているのか回っていないのか、なんとも不気味な声のトーンだった。

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