
第三十六章 解放された漆黒の鎖 五話
どちらも本能で止まった動きだが、明らかに違いがあった。
それは、危機的な本能と快楽の本能。
その違いは奏根たちにもはっきりと感じていた。
「お前、なんで監督を手に掛けた?」
順子はツエルブに憎しみを露わにしていた。
「フヒヘヘヘ、殺してくれって顔に書いてあったからよ。こっちは律儀に殺してやったまでだ。むしろ感謝されたいくらいだぜ」
悦に入っているツエルブを見た順子は、まるで話にならないと踏み、それ以上の追及は止めた。
「奏根。格闘経験あるか?」
「ああ。なんせ俺は、当時ガキ大将だったからな」
「申し分ないな」
すると、奏根と順子は、握り拳を作り、ファイティングポーズを取る。
「ああ? よく見たらお前ら、あの時のガキたちか」
「あ?」
ツエルブが何か思い出したが、それを言われても、奏根たちはピンとこない。
明らかに、ツエルブが過去に、理亜たちを襲った強姦紛いの犯人のはずなのだが、その訳とは?
「まあ、いい。……死ね」
「え?」
すると、音もなくぬらりと突然姿を消し、一瞬にして、奏根たちの懐に現れたツエルブ。
順子は一瞬の出来事に、脳がフリーズする。
ツエルブの切っ先が、順子の喉元に突き刺さる、正にその瞬間。
がし!
「――お前は⁉」
「そこまでだ……この下衆ヤロー」
いつの間にか、ナイフを握る手を掴まれたツエルブが初めて動揺する。
ツエルブが新たな敵に目を向けていたその男は、般若の仮面を被り、黒いレインコートを着ていた。
その声からは、はっきりと殺意が込められていた。
「お前と殺りあう気は無かったが、見つけた、……ようやくな」
仮面の男の声は、冷徹さが感じられた。
深い憎と怒りが交じり合った殺意の声音。


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