
第三十七章 思わぬ訪問客、理亜、敗れる 一話
そして、理亜たちが賢明に練習に打ち込んでいる夕方頃。
警察病院で、輝美と善悟が所長と院長に無理を言って、ツエルブの事情聴取をさせてくれと懇願した所、十分の面会が許された。
病室に入るなり、ツエルブはまるで抜け殻の様な感じが伺えた。
「おい、いつまで三文芝居を続けてるつもりだ?」
「ああ? 何の事だ? フヒハハハハ」
輝美がドスのきいた鋭い声をツエルブに投げかけると、ツエルブはへらへら笑いながら答える。
そこで、善悟が頭にきたのか、ベットを強く蹴る。
「とぼけんな。お前は過去に前科がある。金谷出雲。住所未定、職業不詳。殺人、強姦、万引き、どれもお前が犯してきた罪だ。しかも胸糞悪い事に責任能力が皆無で全ての裁判で無罪になっている。間違いないな?」
「フヒハハハハッ。なあ刑事さんよ。良く考えて物を言ってくれよ。無罪って事は、その時点で事件性が無いんだよ。つまり俺は被害者でもなければ加害者でもない。強いて言うなら、今あんたらに罵詈雑言を並べられているから前者じゃないか?」
善悟の鋭い眼差しなど、埃を払いのける様に、涼しく口にするツエルブ。
そこで、輝美がツエルブの顔面に鋭い眼差しで近付く。
「おい、あんまり世の中舐めんじゃねえぞ。お前の脳内にある法は盤石ではない。お前がこんなふざけた真似を繰り返していけば、改正されても不思議じゃないんだぞ」
「なら俺が法だ。お前ら政府の犬は、黙って俺の責任能力の無さを身を持って知るんだな」
支離滅裂な事を剽軽でふざけた面持ちで口にしていくと、ツエルブは、ベットの下からフォークを取り出し、輝美の片目を突き刺そうとして来た。
間一髪気付いた輝美は、慌てて後ろに下がる。
外しても、ツエルブは不敵な笑みを止めない。
そこへ、頭にきた善悟が、ツエルブの顔面を強く殴る。
「フヒハハハハッ。なんだお前ら? けが人な上、責任能力のない奴を殴るなんて、どう言う了見だ?」
「このやろう」
謝罪する気など、毛頭ないツエルブは、まるで、当り前かの様に、自分が被害者な言動をする。
さすがの輝美と善悟も、ブちぎれる寸前だった。
「どうする? 起訴でもするか?」
「……いや、いい」
善悟が輝美に近付き、険しい面持ちで耳打ちをすると、不快な形相で答える輝美。
すると、輝美は無言のまま、ツエルブに近付き、下に落としたフォークを拾う。
「お前のスタンスは大体わかった。そっちがその気なら、こっちにも考えがある」
「あ?」
死神が囁く様に、殺意を込めて口にする輝美に、イカレポンチなツエルブは、愚昧を見るかの様な目を向ける。
「行くぞ。善悟」
「お、おい」
そして、二人は早々とツエルブの病室を後にした。
「良いのか? 被害者の男性、洲上達樹に送ったと思われる脅迫状や、網羅聖の内部の事情とか、まだまだ聞く事はあったろ?」
「今のあいつから情報を聞き出そうなんてナンセンスだ。あいつが泣いて懇願でもする時ぐらいでないとな」
善悟が少し慌てて輝美に聞くが、輝美は歩きながら、憤りを通り越し、殺意に満ちた目で口にしていく。
「……お前、何考えてんだ?」
同僚を思う、憂慮する善悟。
「あいつがヒントをくれてな。それに仕込みは済んである。俺はやるべき事が見つかった」
そう言って、早歩きで病院を去っていく、輝美の後を慌てて追う善悟。
輝美は一体何を考えているのか?


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