
第三十八章 歴戦の覇者 参上 一話
クリプバ決勝戦、当日の日曜日の朝。
理亜は、朝早くに目が覚め、うずうずした気持ちを抑えきれず、砂川体育センターの外でストリートバスケをしていた。
ボールハンドリングや、ドリブル、シュート、まるで一から始める様な基礎を徹底的にやろうとする。
すると、五分も経たず「おはよう理亜ちゃん♪」と聖加の元気はつらつとした声が理亜の耳に入る。
「あれ? みんな」
振り向くと、聖加だけでなく、なんとメンバーが勢ぞろいしていた。
「いやあ~みんな考えてる事は一緒だね。まだ早朝の五時半だよ?」
「そう言う智古ちゃんだって、もう待ちきれないって感じでワクワクしてるんでしょ♪ 皆おんなじだよ」
智古が年配女性の様なまったりとした面持ちだったため、何を過去を振り返る見たいなレジェンド見たいな事言ってんの、と軽くツッコミを入れるエノア。
全員、タンクトップ姿だった。
「ねえ、理亜。落ち込んでない? 大丈夫じゃん?」
「うん、大丈夫。ありがとね静香ちゃん」
静香は心配していたのか、妙に不安な表情を浮かべていたが、理亜のはちきれんばかりの笑顔にその不安の種を取り除けた。
「んじゃやるか! 試合までまだ時間はあるし、基本から応用まで一通りこなすぞ!」
「「おう!」」
奏根の指示に、声を揃えて力強く拳を作り空に挙げる。
練習開始から一時間後、豪真も合流すると、「朝飯だぞ」と言って、大量に買い込んだハンバーガーとポテト、ジュースを差し入れする。
「良いねえ。このアメリカンスタイル。最高――。サンキュー監督」
順子がニンマリしながら豪真から袋を受け取ると、全員に食べ物と飲料水を配る。
「我は家庭事情でこう言うのは、NGなのだが、今回は目を瞑るとするか」
食べたい気持ちを抑えつけられない様に、自分をそう言い聞かせながらハンバーガーを手に取る芙美。
芙美は地面に座り、上品に包みを開けていく。
「芙美さんは、ハンバーガーなどのファーストフードを食べれない諸事情があるんですか?」
高貴が気になり、芙美の隣に腰かける。
「ちょ、ちょっとまっておれ高貴」
「え? ええ」
どこか忙しない様子になる芙美は、フルフルと震える手でハンバーガーを見つめ、感動しているかの様な反応をすると、いざ、と言わんばかりに、好奇心剥き出しでハンバーガーを頬張る。
「んんんんーーーー!」
「ど、どうしたんですか⁉」
「もしかして。喉に詰まらせたのでは⁉」
加奈と高貴が慌ただしく狼狽する。
「い、いや、何でもない。……美味である」
少し動揺しながら、咄嗟の電撃が走る様な反応に、心配させ、無邪気にはしゃぐ子供の様なリアクションを後悔していた芙美。
芙美は慌てて、平常心を保つと、うっとりする様な顔で、美味しさを表現する。
「コホン、では話を戻そう。我の家は、代々続く、歌舞伎の末裔なのだ。その中でも我は幼少期の頃から稽古に勤しみ、没頭していた」
「へえー。凄いですね」
頬を赤らめ、軽く咳ばらいをした芙美は、いつも通り凛々しい面持ちになる。
加奈は感嘆の声を漏らす。
「だが、祖父も両親も苛烈で、我に求めるのは、言わば傀儡。自分たちに都合よく動き、操れる人形で居させるため、食生活は勿論、あらゆる分野のセミナーも受けさせられ、常に我に完璧を求めていた。そんな生活に嫌気がさし、辟易としていた我はテレビを見ていた当時十一歳の時、バスケットボールに好意を寄せ、今に至るのだ」
思った以上に、深刻な過去を持っていた芙美。
それを聞いた理亜たちは、少し表情に雲行きが増す。
「そう憂いた顔をしなくてもよい。我は既に自分自身の道を見つけた。仮に歌舞伎の稽古を始めようとした時は、それは既に我の意思。我はもう、誰の傀儡でもない。だから案ずるではない」
芙美が既に、その闇から足を踏み出した事を知った理亜たちは、自然と笑みになる。
やはり、人は、それなりのシビアな過去がるのだと、理亜たちは感じた。


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